音楽&薬草bar Scivias

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Lucio Capece『Factors of space inconstancy』

Lucio Capece『Factors of space inconstancy』

Factors of space inconstancy | Drone Sweet Drone

 

 細く微かに揺れる息を吹き込んだサックスがゆっくりとインサートされる。サックスは揺れる息の不安定さにによって疎らにハーモニクスの高い音が鳴る。しばらくすると掠れ掠れだった音が定まり鮮明さが増す。そしてまた掠れ、また定まり明確になり、時折ハーモニクスのもう一つの色彩が加わるというように、音が現われては消えていくというギリギリの境界線のあたりを行ったり来たりする。

 

 サックスの後ろに判別の難しい低音域の蠢くような音が見える。ある時は背景の蠢きが見えそうになるが、また薮の中に潜り込んだ様に判別が難しくなるという様に息が描く音のコントラストの変化により背後の音の見え方もまた変わっていく。おそらくは作品の前半では背景の音のヴォリュームに、さほどの変化がないように聴こえるが、息によるサックスのコントラストの変化により背景の音の聴こえ方が変わる様子は耳の解像度が音に導かれて変化しているようだった。

 

 目的地を定め歩みを運ぶと、その目的地は見ることが出来るが、その周辺にある出来事はマスキングされてしまう。思いがけない出会いを排斥して目的地に効率よく進むのは、旅ではなく一つの工程をこなすことだと思うのだが‥

 

 あらかじめ期待した甘美な旋律や響きに心を奪われることなく、ある音を頼りに他の異なる音が見えてくるという音楽的というには素朴な耳の扱い方から見える世界。そこには狂騒も陶酔もないかも知れないが、耳は囚われる事無く自由でいられる。ただただすれ違っていくように聴こえた音たちのなかから、思いもよらぬ音の交錯や結び合わせを見つけたりもする。

 

 はじめは音の差異に注意を払っていた耳は、一見交錯していた音たちが異なる階層で運動していることに気づく。異なる階層の音たちが重ね合わさり眼前に広がる世界を描き出す。この作品ではサックスの音を頼りに、その背景の音を耳が意識するようになり、音響が多層的に成立していることを気づかせてくれる。何か一つの目的を描き出すのでなく異なる出来事が折り重なって多様な可能性を孕んだ世界となる。